ファイティング原田の現在。マイクタイソンも尊敬する最強伝説とは?

今回は昭和の最強ボクサー「ファイティング原田」さんを調査します。この記事ではファイティング原田さんの現在の状況マイクタイソンとのエピソード、語り継がれる最強伝説、について調査した結果を記載しております。

「ファイティング原田」さんというと、日本人で初めて2階級を制覇した世界王者です。海外の多くの専門誌が「歴代最も偉大な日本人ボクサー」として「ファイティング原田」さんの名前を挙げている、超有名なボクサーですね。



ファイティング原田の現在

ファイティング原田さんは2010年の任期満了を以って7期21年務めた日本プロボクシング協会会長を勇退(後任は大橋ジム・東日本協会会長大橋秀行)し以降は協会顧問に就任しているそうです。

かつてのファイターも、今は現役を引退して長い時間が経過しています。引退直後はボクシングの解説や、ドラマへの出演をされていたので、ボクシングファンではなくともご存じだった方が多いのではないでしょうか。

その後、後進の指導を務めておりましたが、それも退き、現在は顧問に就任されているようです。

世界チャンピオン経験者により同年に発足されたプロボクシング・世界チャンピオン会では最高顧問に就任ということで、現役引退後もずっとボクシングに関わっているようですね。

プロボクシング・世界チャンピオン会とは、プロ野球で言う所の名球会のような組織のようです。2010年に「ガッツ石松」さんが設立者として発足したそうです。

名だたる世界チャンピオンで構成される、まさに世界王者の集まりとなっているようです。

今回旭日小綬章を受章したのも、このようにずっとボクシング界の発展に尽くしてきたということで選ばれたようです。

2016年に旭日小綬章を受章されたそうです。ボクシングへの長年の貢献と、日本人初の世界2階級制覇という偉業をなしえた事を考えると、受賞して当然といっても過言ではないと思います。

1ラウンドから15ラウンドまで全く衰えないスタミナが印象的でした。そんな闘志むき出しのファイターは、一人の世界チャンピオンから尊敬されておりました。

マイクタイソンとの関係

元世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米)は、1966年6月30日生を受ける。12歳で最悪の少年院に収監されたタイソン少年は、更生プログラムの一環として行われていたボクシングと出会う。

元々は気の弱い、優しい少年だった「マイクタイソン」選手は、可愛がっていた鳩を年上の不良に惨殺されたことをきっかけにその不良達を殴り倒したことから自身の強さに気付きました。そして、生活が徐々に荒んでいったそうです。

才能の一端をかいまみせたタイソンは、名、トレーナーカス・ダマトが身元引受人となって出所。

ボクサーとしての成功を目指す。そして、その才能は見事に開花し世界ヘビー級王者の称号を得る。1988年3月、タイソンは”東京ドーム”でトニー・タッブス(米)相手にタイトル防衛戦を行った。

少年院を退院してから、ボクサーとして才能を開花させていき、世界チャンピオンとなりました。ボクシングの練習の一環として、「ファイティング原田」さんのビデオをみてトレーニングしていたそうです。

1988年に試合で来日した際、尊敬している「ファイティング原田」さんに合えることを楽しみにしていた「マイクタイソン」選手は、現役時代とは体形が異なり、恰幅が良くなったファイティグ原田」さんには気づかなかったというエピソードがあったようです。

「マイク・タイソン」選手の記事は下のリンクからどうぞ。

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ファイティング原田の最強伝説

「ファイティング原田」さんの現役時代の戦績は63戦56勝(23KO)7敗でした。KOが23というのは素晴らしい成績ですね。「ファイティング原田」さんの代名詞ともいえる、ラッシィングパワーがもたらした結果なのでしょうね。

世界戦におけるTV中継での視聴率も50%以上をたたき出し、日本のテレビ歴代視聴率トップ25に6つもランクインしているそうです。将に伝説のボクサー

その伝説ぶりを表すエピソードをご紹介します。

リアル力石徹

原田氏が過酷な減量を乗り切るため水道の栓を針金で固めた話は、漫画「あしたのジョー」で描かれた力石のエピソードのモデルになったとされる。宮崎は数値的には原田氏、力石と同等の減量を強いられているのだ

漫画「あしたのジョー」で、矢吹ジョーと対戦する為、過酷な減量を行うシーンがあるのですが、まさかあのシーンが「ファイティング原田」さんの実体験だったとは。

ボクシングの減量は過酷とききます。減量の為ならシャワーを浴びない(皮膚が水分を吸う)のはもちろん、全身の毛だけでなく、奥歯以外の歯を抜く選手もいるそうです。

苦しい減量を超えた選手でなければ、試合には勝てないと良く聞きますね。

幻の世界3階級制覇

フライ級でデビューした原田は、減量苦のためバンタム級、フェザー級と階級を上げていくことになります。

1969年、フェザー級の世界王座を賭けた試合に臨んだ原田ですが、凄まじいアウェイの洗礼を受けることとなるのです。

王者の地元オーストラリアでの一戦に臨んだ原田は圧倒的な力を見せつけます。2R、11R、とチャンピオンからダウンを奪い、14Rには相手を失神させる程の強烈なダウンを奪いました。

もはや立つことができないのは誰の目から見ても明らかでしたが、レフェリーはカウントをしないころか、失神状態のチャンピオンを無理やり立たせ試合を続行します。

試合は判定にもつれ込み、結果はなんと引き分け。原田がベルトを手にすることはなくなり、三階級制覇は幻となりました。

レフリーが相手を無理やり立たせて試合を続行させるなんて、今では考えられない行動ですね。健康的に問題でもありますが、「ファイティング原田」さんを勝たせたくないという、かなり悪質な地元判定ですね。

まとめ

今回の調査結果を以下の通りまとめます。

  • 伝説級の強さ。世界で2階級を制覇した。
  • 露骨な地元判定の為、世界3階級制覇を逃した。
  • マイクタイソンから尊敬を受ける名選手。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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