ジェリー藤尾の現在は老人ホームで?若い頃はイケメンで用心棒?

1962年「遠くへ行きたい」(作詞:永 六輔、作曲: 中村 八大)が大ヒットして一躍人気者となり、その後もヒット曲を世に送り出し、映画「用心棒」(黒澤明監督、三船敏郎主演)への出演など歌手のみならず俳優としても活躍したジェリー藤尾さん。

テレビでお姿をお見かけすることもなくなりましたが、今年ある作品に出演されるそうです!

そんな往年のスター、ジェリー藤尾さんについて調べてみました。

 



ジェリー藤尾の現在

黒柳徹子が「遠くへ行きたい」のヒットで知られるジェリー藤尾を紹介した。当時の映像を見ながらジェリーは「髪の毛があるなぁ」などと感想をコメントした。

上の写真は2016年10月12日に人気番組「徹子の部屋」に出演された時のものです。以前より露出は減っているものの時々はテレビ出演されているのですね。

「遠くにいきたい」の作詞者である永六輔さんとのエピソードを披露されたようです。

 

今日は娘、孫、曽孫と昼食を食べに近所のお寿司屋さんへ
去年の9月に2人目の曾孫が産まれて賑やかです

ジェリー藤尾さんのfacebookを発見しました!更新は頻繁ではありませんが、2018年にご家族でお寿司屋さんで食事を楽しまれている様子をアップされています。

ご家族との交流が紹介されていて良好な関係を築かれているようです。「徹子の部屋」のスタジオにも娘さん・お孫さん・曾孫さんがいらっしゃっての収録でした。

この他にもテレビ出演情報やプライベートでのご様子を知ることが出来ました。

やはり一世を風靡した実力者歌手、ファンの方もジェリー藤尾さんのご活躍を楽しみにしているようですね。

ジェリー藤尾は老人ホームに入居?

ジェリー藤尾さんですが現在は千葉市内の有料老人ホームで生活しているそうです。

 ジェリー藤尾さんは現在老人ホームに入居されているようです。これには「家族に迷惑をかけたくない」という気持ちがあるようです。ご家族との関係が良好なジェリー藤尾さんですが、実は1986年にタレントの渡辺友子さんと離婚されています。再婚されることなく二人の娘さんを育て上げました。

 娘さん達の結婚を機に老人ホームに入居、そこには大切な家族を守りたい思いがあったのでしょう。写真のジェリー藤尾さんは車いすを利用されています。自宅で生活するには家族の手助けは必須、奥様がいないジェリー藤尾さんは娘さん達に負担をかけることになります。

 老人ホームであれば介護のプロフェショナルがいます。体調を崩してもフォローは万全、芸能活動を続けていく上でもプラスになります。

 子どもに依存することなく、自らの生き方を決めたジェリー藤尾さんを尊敬致します。

 

辛坊修(しんぼう・おさむ)……ジェリー藤尾(じぇりー・ふじお)
“ハートの修”とよばれた元スター。乗馬が趣味だったが、落馬して負傷したため現在、車椅子生活を送っている。下ネタが大好きで、冴子やマヤからは「スケベジジイ」として嫌われている。

 ご自身も老人ホームで生活をされているジェリー藤尾さん、2019年4月スタートの「やすらぎの刻 道(テレビ朝日系列)に出演されます。このドラマは2017年に放送された「やすらぎの郷」の続編、老人ホームを舞台にした物語です。

 倉本聰脚本 石坂浩二・浅丘ルリ子の元夫婦の共演や昭和の名優達が出演し、大変話題になりました。

 ジェリー藤尾さんは元スターという役どころ、本業は歌手といえども俳優としても活躍された方ですので、深みのある演技が期待できますね。また自身の老人ホームでの体験も役作りの上で役立つだろうと思います。

 私も初老と言われる年齢、このドラマを観てみようと思っています。

 

ジェリー藤尾の若い頃

1958年、高校留年が決定したのを機に中退し本格的に芸能生活を開始。

歌手として、俳優としてテレビ・映画を中心に幅広いエンターティナーとして活躍する。

 1940年に日本人の父とイギリス人の母との間に産まれたジェリー藤尾さん。歌手のイメージが強いですが、多くの映画やテレビドラマに出演しています。

 日本人離れしたルックスですから、スクリーンでも映えますよね。

 そして1962年、人気番組「夢であいましょう」(NHK)内での「今月のうた」で採用された「遠くに行きたい」の大ヒットにより、スター歌手の地位を不動のものとします。

 デビューからわずか4年でトップ歌手の座を射止めたジェリー藤尾さん、恵まれた芸能生活のスタートですね!

イケメンだったの?

音楽への道を志すようになり、1957年にマナセプロダクションからスカウトされ、芸能界入り。

 おそらく10代の頃のお写真かと思いますが、かなりのイケメンですよね。バンドボーイとして出入りしていたジャズ喫茶でエルビス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」を飛び入りで歌っているところをスカウトされたそうです。

 ジェリー藤尾さんは幼少の頃、上海で暮らしていて英語オンリーの生活だったそうです。ですから発音もネイティブ、歌もビシッと決まりますよね。

 このマナセプロダクションは坂本九さんも所属されていて、現在も西田ひかるさんらが所属する老舗プロダクションです。

 しかし、まだ高校生の年齢でバンドマンをしていたジェリー藤尾さん、その後高校を中退しています。それには悲しい家庭の事情がありました。

用心棒だったの?

ジェリー藤尾は新宿など夜の繁華街で荒んだ生活を送り、愚連隊「三声会」の用心棒を務めるまでになっていた

 ジェリー藤尾・用心棒で検索すると2つの情報がヒットします。まずは芸能界デビュー前に愚連隊「三声会」の用心棒をしていたということです。

 愚連隊とは繁華街で違法行為や暴力行為を働く不良青少年集団のこと、その集団の会長のボディガードをしていたのです。かなりの腕っぷしだったようです。

 上海からの帰国後、言葉の壁やその外見から差別を受け、心を病んだ母親はアルコール依存症の末に死去、失意の父親は家庭を顧みなくなりました。ジェリー藤尾さんは自分の居場所を夜の街に求めるようになります。

 喧嘩三昧の彼を救ったものは「音楽」でした。

 もう一つの用心棒は…。

賽の目の六(ジェリー藤尾)は写真 のシーンのすぐ後に三十郎(三船敏郎)に片腕をすっぱり斬られる。

 1961年公開、世界のクロサワ監督、世界のミフネ主演の映画「用心棒」で賽の目の六役で出演、オープニングで主人公に片腕を切られてしまう役どころです。

 黒澤監督に起用されるということは素晴らしい名誉、ジェリー藤尾さんの役はメインキャストではありませんが、冒頭で三船敏郎さんとの絡みがあるということはインパクトはかなりあります。

 前述の愚連隊の用心棒時代は向かうところ敵なしのジェリー藤尾さんですが、映画ではすっぱりやられてしまう、そのコントラストが興味深いファンも多かったようです。

 

まとめ

以上、ジェリー藤尾さんについてまとめてみました。

  • ジェリー藤尾さんは、現在有料老人ホームに入居そこを拠点に芸能活動を続けていらっしゃいます。
  • お若い頃はかなりのイケメン、歌手・俳優として活躍されていました。

2019年4月スタートの「やすらぎの刻 道」では、元気なお姿が見られますね!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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